- AIが「知らない」と言わずに、もっともらしく間違える理由
- 人間の脳にも存在する、“悪気のない嘘”「作話(confabulation)」という現象
- 「同じ仕組みなのか」という問いに対する、専門家による慎重な検証結果
ChatGPTのようなAIに何かを尋ねたとき、もっともらしい口調で、事実とは異なる答えが返ってきた経験はないでしょうか。
これは「ハルシネーション(幻覚)」と呼ばれる、AIの代表的な弱点の一つです。
興味深いのは、人間の記憶にも、これによく似た現象があるということです。
実際には経験していない出来事を、確信を持って”思い出して”しまう「虚偽記憶」——
以前の記事で紹介したこの現象と、AIのハルシネーションは、本当に同じ仕組みで起きているのでしょうか。
この記事では、AI研究と脳科学、両方の知見を突き合わせながら検証します。
そもそも「ハルシネーション(幻覚)」とは何か│AIが「もっともらしい嘘」をつく仕組み
2025年9月、OpenAIの研究チームが、AIがなぜハルシネーションを起こすのかを分析した論文を発表しました。
この研究が指摘しているのは、AIの学習方法や、性能を評価するテスト(ベンチマーク)の仕組み自体に、ハルシネーションを助長する要因がある、ということです。
たとえるなら、四択問題のテストで、わからない問題に「わかりません」と答えると必ず0点になりますが、適当に選択肢を選べば、運が良ければ正解できます。
この研究チームによれば、現在のAIの多くも、これと同じような状況に置かれています。
「わからない」と正直に答えるよりも、それらしい答えを自信満々に返した方が、性能評価のスコアが高くなりやすい——
そのため、AIは知らないことについても、もっともらしい答えを”作り出す”方向に、学習の過程で誘導されてしまっている可能性がある、というのがこの研究の指摘です。
▽ 分かりやすく要約 ▽
Kalai, A.T., et al. (2025). “Why Language Models Hallucinate,” arXiv:2509.04664 (OpenAI). AIの性能評価(ベンチマーク)において、「わからない」と答えるより「もっともらしい答え」を返した方がスコアが高くなりやすいため、構造的にハルシネーションが助長されるメカニズムを指摘した研究。
人間にも、よく似た現象がある│「作話(confabulation)」という神経心理学の症状
実は、人間の脳にも、これとよく似た現象が知られています。
それが「作話(さくわ/confabulation)」と呼ばれる、神経心理学の症状です。
作話とは、本人にだますつもりが全くないにもかかわらず、事実と異なる話を、あたかも本当の記憶であるかのように語ってしまう症状を指します。
専門的には「悪意のない嘘(honest lying)」と表現されることもあります。
主に、アルコール依存に伴うコルサコフ症候群や、脳の前頭葉(特に眼窩前頭皮質や腹内側前頭前皮質と呼ばれる部位)の損傷にともなって現れることが知られており、記憶に空白があるとき、脳がその空白を、もっともらしい内容で無意識に埋めようとする働きが背景にあると考えられています。
以前の記事で紹介した「虚偽記憶」は、健康な人であっても、誘導的な質問など外部からの働きかけによって生じうる、より広い現象でした。それに対して作話は、主に脳の特定部位の損傷にともなって現れる、より限定的な症状です。
両者は「実際にはなかったことを、本人は真実だと信じて語ってしまう」という点で近い関係にありますが、同じ言葉として扱ってよいものではありません。
▽ 分かりやすく要約 ▽
StatPearls (NCBI, National Library of Medicine) “Confabulation” 項目より。だます意図(悪意)がないまま、記憶の空白を無意識にもっともらしい話で埋めてしまう神経心理学的な症状。外部からの誘導で生じる「虚偽記憶」とは異なり、主に前頭葉の損傷やコルサコフ症候群などに伴って現れます。
「AIの幻覚」と「人間の作話」は、本当に同じ仕組みなのか│専門家による検証
では、AIのハルシネーションと、人間の作話は、同じ仕組みで起きていると言えるのでしょうか。
この問いに正面から取り組んだのが、2023年に医学誌「PLOS Digital Health」に発表された、アンドリュー・スミス氏らによる論文です。
この論文は、AIの誤りを表す言葉として「幻覚(hallucination)」よりも「作話(confabulation)」の方が適切だと主張しています。
「幻覚」という言葉は、本来、実在しないものを”知覚”するという、意識をともなう体験を指す言葉です。AIには、そうした知覚や意識はありません。
一方で「情報に空白があるとき、それらしい内容を、悪気なく作り出してしまう」という作話の定義は、AIが行っていることの説明として、より的確だというのが、この論文の主張です。
ただし、この論文の著者たちは、これがあくまで「有益な比喩(メタファー)」であり、人間の脳とAIが文字通り同じ仕組みで動いていると主張しているわけではない、と明確に釘を刺しています。
人間の作話は、神経細胞のネットワークと、脳の特定部位の損傷という、生物学的な基盤の上で起きる現象です。一方でAIのハルシネーションは、統計的な確率にもとづいて次の単語を予測するという、物理的に全く異なる仕組みの上で起きています。
この2つを「全く同じ仕組み」と表現するのは、不正確だということです。
▽ 分かりやすく要約 ▽
Smith, A.L., et al. (2023). “Hallucination or Confabulation? Neuroanatomy as Metaphor in Large Language Models,” PLOS Digital Health. AIの誤りは意識を伴う「幻覚」よりも、情報の空白を埋める「作話」の方が言葉として適切だが、それはあくまで「有益な比喩」であり、生物学的な脳とAIが同じ仕組みで動いているわけではないと指摘。
まとめ
AIのハルシネーションと人間の虚偽記憶・作話は、「情報に空白があるとき、それらしい内容を、悪気なく自信満々に作り出してしまう」という、現象としてのふるまいが驚くほどよく似ています。
AIの側には、学習・評価の仕組みが「わからない」と答えることを不利にしてしまうという事情があり、人間の作話の側には、脳の特定部位の損傷によって、記憶の空白を埋めようとする働きが暴走してしまうという事情があります。
ただし、専門家が慎重に指摘しているとおり、これはあくまで「似た現象」としての比喩にとどまり、神経細胞のネットワークとAIのトークン予測という、物理的に全く異なる仕組みを「同じもの」だと言い切ることはできません。
「同じ仕組みなのか?」という問いへの答えは、「現象としては驚くほど似ているが、メカニズムとしては別物」というのが、現時点での誠実な結論だと言えそうです。
![ハルシネーション (英語: hallucination)、または幻覚(げんかく)、でたらめ[1][2]、作話(さくわ、英: confabulation)[3]、ディルージョン(妄想、もうそう、英: delusion)[4]とは、生成AIによって生成された、虚偽または誤解を招く情報を事実かのように提示する応答のことである](https://memory-coffee.jp/wp-content/uploads/2026/09/ai-hallucination-image-1024x572.webp)
なお、人間の虚偽記憶そのものについては別記事「記憶は書き換えられる?「虚偽記憶」の科学とエリザベス・ロフタスの実験」で、多くの人が同じ誤った記憶を共有してしまう「マンデラ効果」については別記事「マンデラ効果とは?」で、それぞれ詳しく解説しています。AIの仕組みそのものと脳の対応関係を整理した別記事「AIの”脳”を人間の脳に当てはめると、どこになるのか?」(準備中)もあわせてご覧ください。
よくある質問(FAQ)
- AIの「幻覚」と人間の「虚偽記憶」は、同じ脳の仕組みで起きているのですか?
-
いいえ、本記事で紹介したとおり、これは正確ではありません。人間の作話・虚偽記憶は神経細胞のネットワークという生物学的な仕組みの上で、AIのハルシネーションは統計的な確率計算という全く異なる仕組みの上で起きています。「情報の空白を、もっともらしく埋めてしまう」という現象としての類似性はありますが、メカニズムそのものが同じというわけではありません。
- なぜAIは、知らないことを「知らない」と正直に言わず、もっともらしく答えてしまうのですか?
-
本記事で紹介した2025年のOpenAIの研究によれば、AIの性能を測る現在のテストの多くが、「わからない」と答えることよりも、自信を持って(間違っていても)答えることの方を高く評価してしまう仕組みになっていることが一因だと指摘されています。
- 「作話」と「虚偽記憶」は、同じものと考えてよいですか?
-
近い現象ですが、同じではありません。虚偽記憶は、健康な人にも誘導的な質問などをきっかけに生じうる、より広い現象です。一方、作話は主に脳の特定部位の損傷にともなって現れる、より限定的な神経心理学の症状として区別されています。
- 情報の正確性について:
本記事の内容は、執筆時点で確認できた学術論文・研究報告に基づき作成しています。特にAIのハルシネーションに関する研究は現在進行形で更新されており、今後の状況の変化により内容が更新される可能性があります。 - 見解の性質について:
本記事で紹介した「AIのハルシネーションと人間の作話の関係」についての見方は、特定の研究者による一つの見解であり、学術的に完全な決着がついているものではありません。 - 専門的な助言の代替ではありません:
本記事は一般的な脳科学・AIに関する情報提供を目的としたものであり、専門家による診断や見解に代わるものではありません。作話は神経学的な疾患にともなって現れる症状であり、気になる症状がある場合は自己判断せず医療機関にご相談ください。 - 損害への責任:
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