- AIの主要な仕組みと、脳の対応物を整理した対応表
- CNN(画像認識AI)が、実はネコの脳の研究から生まれたという歴史
- AIの学習の根幹である「誤差逆伝播」は、脳が使っている仕組みとは考えにくいという、AI研究者自身による指摘
「ニューラルネットワーク」「アテンション(注意機構)」「学習」——
AIの仕組みを説明する言葉には、もともと脳科学・神経科学から借りてきたものが数多くあります。
では、これらのAI用語は、実際に人間の脳のどの働きに対応しているのでしょうか。
そして、その対応関係は、どこまで本物なのでしょうか。
この記事では、AIの主要な仕組みと、脳科学における対応物を、歴史的な背景とともに整理します。
中には、実際に神経科学の研究から直接ヒントを得て生まれた仕組みもあれば、名前は借りているものの、実際の脳の働き方とは大きく異なる仕組みもあります。
この記事は、AI×脳科学シリーズの他の記事とも内容がつながる、いわば”地図”のような位置づけの記事です。
AIの仕組みと、脳の対応物——早わかり対応表
まずは、AIの主要な仕組みと、脳科学における対応物を、簡単な表で整理します。
それぞれの詳しい内容は、表の下で解説します。
| AIの仕組み | 脳における対応物 | 対応関係の性質 |
|---|---|---|
| ニューラルネットの「層」を重ねる構造 | 大脳皮質(特に視覚野)の階層的な情報処理 | ◎ 深い関係 実際の脳研究から直接着想を得た、歴史的に深い関係 |
| CNN(畳み込みニューラルネットワーク) | 視覚野の「単純型細胞」「複雑型細胞」 | ◎ 直結 ネコの脳の実験がAIの設計に直結した代表例 |
| RAG・コンテキストウィンドウ(AIが会話中に参照する情報) | 海馬(新しい情報を素早く記録する働き) | ◯ 理論的対応 機能的によく似た役割を果たすという、有力な理論的対応 |
| 強化学習(RLHF等) | 大脳基底核・ドーパミンによる報酬の学習 | ◎ 強い対応関係 AIの主要な学習理論が、脳のドーパミン研究と同じ数式で説明される |
| パラメータ(AIの中の無数の数値) | シナプスの結合の強さ | △ 比喩 ゆるやかな比喩。実際のシナプスははるかに複雑 |
| Transformerの「アテンション(注意機構)」 | 前頭前野・脳の注意ネットワーク | △ 比喩 名前を借りた比喩。仕組みそのものは大きく異なる |
| 誤差逆伝播(バックプロパゲーション) | (実際の脳は、この形では使っていないと考えられている) | × 異なる AI研究者自身が生物学的な妥当性に疑問を呈している仕組み |
「層」を重ねると賢くなる、その発想の源はネコの脳の研究だった│CNNと視覚野
画像認識AIの基本設計である「CNN(畳み込みニューラルネットワーク)」は、実は、ネコを使った脳科学の実験から生まれたという、意外な歴史を持っています。
1959年、神経科学者デイヴィッド・ヒューベル氏とトルステン・ウィーセル氏は、ネコの視覚野(脳の中で視覚情報を処理する部位)を調べる実験を行い、特定の向きの線や輪郭にだけ反応する「単純型細胞」と、対象がどこにあっても同じ模様に反応する「複雑型細胞」という、階層的な処理の仕組みを発見しました。
この発見に直接ヒントを得て、1980年代に工学者・福島邦彦氏が開発したのが「ネオコグニトロン」という数理モデルです。
そして、このネオコグニトロンをさらに発展させる形で、1990年代にヤン・ルカン氏が現在のCNNの原型を作り上げました。
つまり、現在の画像認識AIが「層を重ねて、単純なパターンから複雑なパターンへと段階的に情報を処理する」という構造を持っているのは、偶然ではなく、脳の視覚野の仕組みを直接の手本にした結果なのです。
▽ 分かりやすく要約 ▽
Hubel & Wiesel (1959) がネコの視覚野において発見した階層的な情報処理メカニズムは、Fukushima (1980) の「ネオコグニトロン」を経由し、現在の画像認識AIの基本である「CNN(畳み込みニューラルネットワーク)」へと直接受け継がれています。
出典:Hubel, D.H., & Wiesel, T.N. (1959). Receptive Fields of Single Neurones in the Cat’s Striate Cortex. Journal of Physiology, 148(3), 574–591. / Fukushima, K. (1980). Neocognitron: A Self-Organizing Neural Network Model. Biological Cybernetics, 36(4), 193–202.
AIが「新しいことをすぐ覚える」仕組みは、脳の「海馬」の働き方によく似ている
ChatGPTのようなAIが、会話の中で新しく教えられた情報を参照したり、外部のデータベースから関連情報を検索して回答に活かしたりする仕組み(RAG=検索拡張生成、コンテキストウィンドウ)は、脳の「海馬」という部位の働き方と、機能的によく似ていると考えられています。
1995年に心理学者ジェームズ・マクレランド氏らが提唱した「相補的学習システム理論」という考え方によれば、脳は、2つの異なる学習の仕組みを使い分けています。
一つは「大脳皮質」で、これは膨大な経験を通じて、ゆっくりと時間をかけて、物事の一般的なパターンや知識を学んでいく仕組みです。
もう一つが「海馬」で、こちらは、たった一度の経験でも、新しい出来事を素早く記録できる仕組みです。
この2つが役割分担をすることで、脳は「新しいことをすぐ覚える」ことと、「これまでの知識を忘れずに保っておく」ことを両立させている、と考えられています。
AIに置き換えると、あらかじめ大量のデータで訓練された、AIの”知識”そのもの(パラメータ)は、ゆっくり学習する「大脳皮質」に近い役割を果たしています。
一方、会話の中で新しく与えられた情報や、外部データベースから検索してきた情報をその場で参照する仕組みは、素早く新しい情報を記録する「海馬」に近い役割を果たしている、と捉えることができます。
▽ 分かりやすく要約 ▽
McClelland, J.L. et al. (1995). “Why there are complementary learning systems in the hippocampus and neocortex,” Psychological Review. 脳が「大脳皮質(ゆっくり知識を学ぶ)」と「海馬(素早く情報を記録する)」を使い分ける役割分担は、現在のAIにおける「事前学習(パラメータ)」と「RAG・コンテキストウィンドウ」の構成と機能的によく似ています。
AIが「褒められて学習する」仕組みの源流は、脳のドーパミン研究にある
ChatGPTのようなAIの多くは、「人間からのフィードバックによる強化学習(RLHF)」と呼ばれる手法で調整されています。
人間にとって好ましい回答を出したときに”報酬”を与えることで、AIがより良い回答を出すように学習していく仕組みです。
実は、この「報酬をもとに学習する」という強化学習の数学的な理論は、脳のドーパミン神経細胞の研究と、驚くほど一致することが知られています。
1997年に神経科学者ヴォルフラム・シュルツ氏らが発表した研究では、脳内のドーパミン神経細胞が、「予想していたよりも良い結果が得られたとき」に活発に働き、「予想通りだったとき」にはあまり反応せず、「予想より悪い結果だったとき」には活動が抑えられるという、「予測誤差」に応じたパターンで働いていることが示されました。
これは、強化学習の理論の中核をなす「TD学習(時間的差分学習)」という数式と、ほぼ同じ構造をしていることが分かっています。
つまり、AIの強化学習は、単なる比喩としてではなく、脳のドーパミン系が報酬を学習する仕組みと、数学的にかなり近い原理で動いている、AI×脳科学の対応関係の中でも特に強固な例だと言えます。
▽ 分かりやすく要約 ▽
Schultz, W., et al. (1997). “A Neural Substrate of Prediction and Reward,” Science. 脳内のドーパミン神経細胞が「予想より良い結果(予測誤差)」に反応して働く仕組みは、AIの強化学習の中核である「TD学習(時間的差分学習)」の数式と数学的にほぼ同じ構造をしています。
ただし、AIの学習の根幹「誤差逆伝播」は、脳が使っている仕組みとは考えにくい
ここまで、AIと脳の間には、本物の対応関係があるという例を紹介してきました。しかし、すべての仕組みが同じように対応しているわけではありません。
その代表例が、AIの学習を支える最も基本的な計算方法である「誤差逆伝播(バックプロパゲーション)」です。
2020年、AIの深層学習という分野を切り拓いた研究者の一人であるジェフリー・ヒントン氏自身を含む研究チームが、学術誌「Nature Reviews Neuroscience」に、この問題を正面から扱った論文を発表しています。
誤差逆伝播は、AIの出力の誤差を、ネットワークの”逆方向”に、非常に正確な形で伝えていく必要がある計算方法です。
しかし、実際の脳の神経細胞が、これほど正確な形で情報を逆方向にやり取りできる証拠は見つかっておらず、生物学的には実現が難しいのではないか、というのがこの論文の指摘です。
研究チームは、脳が誤差逆伝播そのものではなく、もっと局所的な情報だけを使って、似たような学習効果を近似的に実現している可能性を提案していますが、これは今も研究が続いている、決着のついていないテーマです。
AIの生みの親の一人が、自らの手法の生物学的な妥当性に疑問を投げかけているという事実は、「AIは脳を真似ている」という理解が、常に正確なわけではないことを示す、興味深い例だと言えます。
▽ 分かりやすく要約 ▽
Lillicrap, T.P., et al. (Hinton, G. 含む) (2020). “Backpropagation and the Brain,” Nature Reviews Neuroscience. AIの学習の根幹である「誤差逆伝播」は、ネットワークを逆方向に正確にたどる必要があるため、実際の脳の神経細胞が生物学的にそのまま実行しているとは考えにくく、脳はより「局所的な近似」を用いている可能性が指摘されています。
まとめ
AIの仕組みと脳の働きの対応関係は、一様ではありません。
CNN(画像認識AI)が視覚野の研究から直接生まれたことや、強化学習の理論がドーパミン神経細胞の働き方とほぼ同じ数式で説明できることは、単なる比喩を超えた、本物の対応関係だと言えます。
一方で、「アテンション(注意機構)」のように名前だけを借りた比喩にとどまるものや、「誤差逆伝播」のように、AI研究者自身がその生物学的な妥当性に疑問を呈しているものもあります。
「AIは脳を真似て作られている」という理解は、部分的には正しく、部分的には単純化しすぎている——
それが、この記事全体を通じての結論です。

このシリーズでは、、「ニューロン」1個の単位までさらに掘り下げた、ニューラルネットワークと脳の模倣関係の誤解(準備中)、AIに囲まれた環境の中で持続的注意力を守る方法(準備中)、AIが苦手で人間の脳が得意なことを扱った「モラベックのパラドックス」(準備中)、そしてAIが人間の思考をどこまで読み取れるのかを扱ったブレイン・マシン・インターフェースの記事(準備中)についても、それぞれ別記事で扱っています。あわせてご覧ください。
- 強いAIと弱いAIの違いとは?│AIは「意識を持てるのか」を脳科学から考える
- 「汎用人工知能(AGI)とは何か?人間の”知能”との違いを脳科学から考える」
- 超知能(ASI)は本当に来るのか?シンギュラリティ論を脳科学から検証する
- デジタル健忘症とは?│スマホに頼りすぎて記憶力が落ちる仕組みと対策
- AIの「幻覚」と人間の「虚偽記憶」は同じ仕組みなのか?脳科学から検証する
- ニューラルネットワークは脳を模倣しているのか?│よくある誤解を解く
- モラベックのパラドックス|AIが苦手で人間の脳が得意なこと
- ブレイン・マシン・インターフェース最前線|AIは人間の思考を読み取れるのか
よくある質問(FAQ)
- AIの仕組みは、結局のところ脳を模倣しているのですか?
-
本記事で紹介したとおり、一概には言えません。CNNや強化学習のように、脳科学の発見が直接AIの設計に活かされた仕組みもあれば、アテンション機構のように名前を借りただけの比喩にとどまるもの、誤差逆伝播のように生物学的な妥当性そのものが疑問視されている仕組みもあります。
- AIの研究は、今も脳科学の発見を参考にしているのですか?
-
はい。本記事で紹介した「相補的学習システム理論」(1995年)のように、AI開発者が脳科学の理論を参考にする例は現在も続いています。逆に、AIの研究成果が脳科学の仮説の検証に使われるという、双方向の影響関係も見られます。
- 「誤差逆伝播は脳が使っていない」というのは、確定した結論なのですか?
-
いいえ。本記事で紹介した2020年の論文は、誤差逆伝播をそのままの形で脳が使っている可能性は低いという指摘であり、脳が全く異なる原理で似たような学習効果を実現している可能性を示唆する、研究途上の議論です。今後の神経科学の進展によって、見解が更新される可能性があります。
- 情報の正確性について:
本記事の内容は、執筆時点で確認できた学術論文に基づき作成しています。AI研究・脳科学ともに急速に進展している分野であり、今後の研究により内容が更新される可能性があります。 - 見解の性質について:
本記事で紹介したAIと脳の対応関係についての説明は、現時点での有力な理論・知見の紹介であり、学術的に完全な決着がついているものではありません。 - 専門的な助言の代替ではありません:
本記事は一般的な脳科学・AIに関する情報提供を目的としたものであり、専門家による見解や判断に代わるものではありません。 - 損害への責任:
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