- 虚偽記憶の意味と、心理学における位置づけ
- エリザベス・ロフタス氏による代表的な実験(目撃証言・ショッピングモールの迷子)の内容と結果
- 「犯罪の記憶」まで植え付けられるとした研究と、その解釈をめぐる論争
- なぜ記憶は書き換えられてしまうのか、脳科学的な理由
- 「マンデラ効果」との違いと、自分の記憶力との向き合い方
「絶対にあった」と確信していた出来事が、実は起きていなかった——
そんなことが人間の記憶には起こり得ます。
これは特別な人だけに起こる現象ではなく、心理学の実験によって、健康な人の記憶にも意図的に「存在しない出来事の記憶」を植え付けられることが繰り返し確認されています。
この現象は「虚偽記憶(きょぎきおく)」と呼ばれ、心理学者エリザベス・ロフタス氏の研究によって広く知られるようになりました。
この記事では、虚偽記憶とは何か、ロフタス氏がどのような実験でそれを証明したのか、そしてなぜ私たちの記憶はそれほど簡単に書き換えられてしまうのかを、科学的な知見にもとづいて解説します。
虚偽記憶とは?│「勘違い」とは何が違うのか
虚偽記憶とは、実際には経験していない出来事を、あたかも自分が体験したかのように記憶してしまう現象を指します。
「過誤記憶」とも呼ばれます。
単なる勘違いや記憶違いと違うのは、本人にとってその記憶が”本物”の体験と同じように鮮明で、強い確信を伴って感じられる点です。
虚偽記憶が心理学の重要なテーマとして注目されるようになった背景には、1980年代以降、催眠療法やカウンセリングの過程で、抑圧されていたはずのトラウマ記憶を”掘り起こす”ことが試みられ、その結果として実際には起きていない出来事の記憶がセラピストとの対話の中で作られてしまうケースが問題視されたことがあります。
これをきっかけに、記憶がどこまで外部からの情報によって影響を受けるのかという研究が本格化しました。
その研究の中心人物が、認知心理学者のエリザベス・ロフタス氏です。

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エリザベス・ロフタス氏の実験①│目撃証言は「聞かれ方」で変わる
ロフタス氏が1974年に心理学者ジョン・パーマー氏と行った実験は、目撃証言研究の古典として知られています。
実験では、45人の参加者に交通事故の映像(時速20〜40マイル程度で衝突する場面)を見せたあと、「車がぶつかったとき、車はどれくらいのスピードで走っていましたか?」という質問をしました。
このとき、「ぶつかった」にあたる動詞だけを条件ごとに変えて質問しています。
結果、動詞の強さに応じて速度の推定値がきれいに変化しました。
| 質問で使われた動詞 | 平均速度の推定 |
|---|---|
| smashed(激突した) | 時速40.8マイル |
| collided(衝突した) | 時速39.3マイル |
| bumped(ぶつかった) | 時速38.1マイル |
| hit(当たった) | 時速34.0マイル |
| contacted(接触した) | 時速31.8マイル |
同じ映像を見ているにもかかわらず、質問の言葉遣いだけで速度の記憶に約9マイルもの差が生まれたのです。
さらに1週間後、別の150人の参加者に同じ映像を見せ、「割れたガラスを見ましたか?」と尋ねる追加実験を行いました。
実際の映像にガラスが割れる場面は映っていません。
それにもかかわらず、事前に「smashed(激突した)」という強い言葉で質問されていたグループでは32%が「ガラスを見た」と回答し、「hit(当たった)」という穏やかな言葉のグループでは14%、速度の質問自体をされなかった対照群では12%にとどまりました。
この結果は、誘導的な質問が単に回答を歪めるだけでなく、存在しない記憶そのものを作り出してしまうことを示した点で、その後の目撃証言研究に大きな影響を与えました。
▽ 分かりやすく要約 ▽
(smashed)
(hit)
(対照群)
Loftus, E. F., & Palmer, J. C. (1974). Reconstruction of automobile destruction: An example of the interaction between language and memory. Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior, 13(5), 585-589.
エリザベス・ロフタス氏の実験②│「ショッピングモールの迷子」
より衝撃的だったのが、1995年にロフタス氏とジャクリーン・ピックレル氏が発表した「ロスト・イン・ザ・モール(ショッピングモールの迷子)」実験です。
実際に行った実験の詳細は以下のとおりです。
参加者24人に、子ども時代の出来事を4つ記した冊子を渡します。
そのうち3つは家族からの聞き取りにもとづく実際の出来事でしたが、残る1つは「5歳頃、ショッピングモールで迷子になり、高齢の女性に助けられて家族と再会した」という、実際には起きていない架空のエピソードでした。
参加者は6日間にわたり、それぞれの出来事について思い出せることを書き出すよう求められました。
結果、参加者の約25%が、架空のはずの「迷子」エピソードについて何らかの記憶を報告しました。
中には、モールの様子や助けてくれた女性の服装まで詳細に「思い出した」参加者もいました。
実験の最後にどれが作り話だったかを尋ねると、24人中5人は迷子のエピソードを正しく指摘できず、逆に本当にあった出来事の方を「作り話だ」と答えてしまうケースもありました。
ロフタス氏はこの実験を、虚偽記憶が実験的に作り出せることの「存在証明」と位置づけました。
一方で、この実験には学術的な批判もあります。
心理学者デボラ・ペズデック氏らは、「モールで迷子になる」という比較的よくある出来事だからこそ記憶が作られやすかった可能性を指摘し、より非日常的な出来事(例:浣腸をされた記憶など)では虚偽記憶が生じにくいとする追試結果を報告しています。
つまり、虚偽記憶の生じやすさには「もっともらしさ」が関係すると考えられており、どんな内容でも同じように植え付けられるわけではない、という留保が必要です。
▽ 分かりやすく要約 ▽
Loftus, E. F., & Pickrell, J. E. (1995). The formation of false memories. Psychiatric Annals, 25(12), 720-725.
さらに踏み込んだ研究│「犯罪の記憶」は植え付けられるのか
虚偽記憶研究の中でも特に議論を呼んだのが、心理学者ジュリア・ショウ氏とスティーブン・ポーター氏が2015年に発表した研究です。
参加者に対し、「あなたは10代の頃、警察が関わるような犯罪(暴行や器物損壊など)を起こしたことがある」という、養育者からの情報だとする虚偽の話を複数回の面談で伝えたところ、参加者の70%が、実際には起きていない犯罪について具体的な”記憶”を語るようになったと報告されました。
ただし、この「70%」という数字には学術的な論争があります。
心理学者キンバリー・ウェイド氏らのグループは、ショウ氏らの判定基準が「実際に覚えている」という報告と「そうだったかもしれないと想像・推測している」という報告を区別せずに扱っていたと指摘しました。
同じデータをより厳密な基準で判定し直したところ、明確な虚偽記憶と判定できたのは約30%にとどまり、残りの多くは「記憶はないが、そうだったかもしれないと信じる」という”誤った信念”に分類されるべきだ、というのがウェイド氏らの主張です。
これに対しショウ氏は、意図的に採用した判定基準であり、多くの参加者が実際に「自分は犯罪を犯した」と信じるに至った点自体が重要だと反論しています。
この論争が示しているのは、虚偽記憶研究そのものが現在も活発に検証・再検討され続けている、発展途上の分野だということです。
ニュースで紹介される「〇%の人に偽の記憶を植え付けられる」といった数字を見るときは、その研究がどのような基準で「記憶」と「思い込み」を区別しているかにも注意が必要です。
▽ 分かりやすく要約 ▽
Shaw, J., & Porter, S. (2015). Constructing rich false memories of committing crime. Psychological Science, 26(3), 291-301.
Wade, K. A., Garry, M., & Pezdek, K. (2018). De-constructing rich false memories of committing crime. Psychological Science, 29(3), 471-476.
なぜ記憶は書き換えられてしまうのか
これらの実験に共通する背景には、人間の記憶が「録画」のように出来事をそのまま保存しているのではなく、思い出すたびに断片的な情報を組み合わせて作り直しているという記憶の性質があります。
この仕組みを再構成記憶(reconstructive memory)と呼びます。
再構成の際には、実際に体験した情報だけでなく、後から与えられた情報(質問の言葉遣い、他人の発言、映像や画像など)が混ざり込みやすいことが分かっています。
ロフタス氏の実験で言えば、「smashed」という質問の言葉自体が、事故の記憶に新しい情報として組み込まれてしまったと考えられます。
なお、多くの人が同じ内容の誤った記憶を共有してしまう現象は「マンデラ効果」と呼ばれ、この記事で扱う虚偽記憶とは近い関係にあります。
(準備中)「マンデラ効果とは?なぜ大勢が同じ「間違った記憶」を共有してしまうのか」
「マンデラ効果」との違いは?
虚偽記憶とマンデラ効果は、どちらも「実際にはなかった出来事の記憶」という点で共通していますが、焦点の当て方が異なります。
- 虚偽記憶:
個人の記憶に、実験や誘導質問などをきっかけとして、実際には存在しない体験の記憶が形成される現象。個人差が大きく、内容も一人ひとり異なりうる - マンデラ効果:
特定の出来事やコンテンツについて、示し合わせたわけではない多数の人が、独立に同じ内容の誤りを記憶している現象
つまり、虚偽記憶は「記憶がいかにして作られてしまうか」という仕組みそのものに焦点を当てた、より広い概念です。
マンデラ効果は、その仕組みが働いた結果として「たまたま多くの人が同じ間違い方をしている」という、いわば虚偽記憶の中でも特に集団性が際立つケースだと言えます。
自分の記憶力を過信しないために
ロフタス氏らの研究が教えてくれるのは、記憶の確信度と正確さは必ずしも一致しないということです。
「絶対に覚えている」という感覚は、それだけでは記憶が正しいことの証明にはなりません。
だからといって、記憶力そのものを鍛える意味がなくなるわけではありません。
むしろ、記憶がどのように作られ、どこに書き換えられる余地があるのかを知ったうえで、日々の記憶力・集中力とどう向き合うかを考えることには大きな意味があります。
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毎日の生活の中で、自分の認知機能と向き合うための選択肢の一つとして役立てていただければと思います。
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まとめ
虚偽記憶の研究は、記憶が固定された「事実の記録」ではなく、状況に応じて作り直される柔軟なものであることを教えてくれます。
エリザベス・ロフタス氏の一連の実験は、誘導的な質問一つで速度の記憶が変わり、架空のエピソードすら「思い出」として定着しうることを示しました。
一方で、犯罪記憶の植え付けをめぐる研究のように、その解釈には今も学術的な論争が続いています。
確信の強さだけで記憶の正しさを判断せず、重要な事実は記憶以外の情報でも確認する——
そんな視点を持つきっかけにしてみてはいかがでしょうか。

よくある質問(FAQ)
- 虚偽記憶がある人は、記憶力が低い・何か問題があるということですか?
-
いいえ。虚偽記憶は、実験を通じて健康な参加者にも高い確率で確認されており、記憶が「再構成」されるという人間の脳に共通する仕組みから生じるものです。特定の人だけに起こる異常ではありません。
- 目撃証言はもう信用できないということですか?
-
ロフタス氏らの研究は、目撃証言が質問の仕方や事後情報によって変化しうることを示したものであり、証言そのものが無価値だという意味ではありません。この研究成果は、誘導的な質問を避けるなど、司法・捜査の場での聴取方法を改善する取り組みにも活かされています。
- カウンセリングで昔の記憶を「思い出す」ことにはリスクがありますか?
-
記憶は聞き方や誘導によって変化しうるという知見をふまえ、専門家の間でも聴取方法には慎重な配慮が求められています。過去の記憶に関して不安や疑問がある場合は、専門の医療機関やカウンセラーにご相談ください。
- 情報の正確性について:
本記事の内容は、執筆時点で確認できた学術論文・公的資料等に基づき作成しています。正確性の確保に努めていますが、新たな研究知見や検証により、内容が更新される可能性があります。 - 紹介事例の性質について:
本記事で紹介した実験・研究の一部(特に「犯罪の記憶」に関する研究)は、判定基準や解釈をめぐって研究者間で見解が分かれており、現在も学術的な検証・議論が続いています。特定の数値や結論を断定的な事実として保証するものではありません。 - 医療行為の代替ではありません:
本記事は一般的な心理学・脳科学情報の提供を目的としたものであり、医師・臨床心理士等の専門家による診断、治療、または助言に代わるものではありません。また、紹介している成分や製品は、疾病の診断、治療、予防を目的としたものではありません。 - 効果の個人差について:
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