- 色彩心理学は、色が人の感情・認知・行動に与える影響を扱う心理学の一分野
- 「赤は集中力に関わる」「青は創造的思考を助ける」という知見には、査読論文による裏付けがある
- 一方で「赤は恋愛感情を高める」という有名な説は、その後の複数の追試でほとんど再現されていない
- 色の好みや意味づけは、生まれつき決まっているというより、個人の経験や文化によって形づくられる部分が大きいこともわかってきている
「赤色はやる気を引き出す」「青色は集中力を高める」——
こうした”色彩心理学”にまつわる話は、資格講座の広告やライフスタイルメディアなどで頻繁に見かけます。
ただし、色と心理の関係を調べた学術研究を実際にたどってみると、査読を経た論文でしっかり裏付けられている知見もあれば、広く知られている割に、その後の再現実験では効果が確認できなかった、あるいは効果が非常に小さいと判明した知見も少なくありません。
この記事では、そうした玉石混淆の情報を、できる限り一次研究にあたって整理し、区別してお伝えします。
色彩心理学とは
色彩心理学(color psychology)とは、色が人の感情・認知・行動にどのような影響を与えるかを研究する心理学の一分野です。
マーケティングやインテリア、ファッションなど実務分野でもよく参照される一方、学術的には比較的新しい研究領域で、厳密な実験によって効果が確かめられているテーマと、経験則やイメージが先行しているテーマとが混在しているのが実情です。
なお「色彩心理学」という名称の国家資格は日本に存在せず、民間のスクールや検定が独自に認定・講座展開しているものが中心です。
resume・スキルアップ目的の講座そのものを否定するものではありませんが、”資格”の有無と、その内容が学術的にどこまで裏付けられているかは、別の話として捉える必要があります。

赤色は集中力とパフォーマンスに関わる
色彩心理学の中でも、比較的しっかりとした実証研究が積み重ねられているのが「赤色」と「達成行動(テストや仕事の成果)」の関係です。
心理学者アンドリュー・エリオットとマーカス・マイヤーは、2007年の論文で、赤色を目にすると人は無意識のうちに「失敗を避けよう」とする回避動機が高まり、それが知的作業のパフォーマンスを低下させることがある、という理論的モデルを提示しました。
実際に、IQテストの問題番号を赤色で表示した実験群は、緑色や黒色で表示した対照群に比べて正答率が下がったという実験結果が報告されています。
さらに2009年、レイ・メータとリー・ジュウは学術誌『Science』に、赤色と青色が異なる種類の課題に異なる形で影響することを示す研究を発表しました。
この研究では、赤色の環境は校正作業や暗記など「細部に注意を払う」課題の成績を高め、逆に青色の環境は単語連想やアナロジー(類推)課題など「発想の広がりが求められる」創造的な課題の成績を高める、という結果が得られています。
研究チームは、赤色が”失敗を避けよう”とする回避動機を、青色が”新しい可能性を探ろう”とする接近動機を、それぞれ引き出しやすいためではないかと考察しています。
▽ 分かりやすく要約 ▽
Elliot, A.J., & Maier, M.A. (2007) / Mehta, R., & Zhu, R. (2009). Science, 323(5918), 1226-1229. 赤色は「失敗を避けよう」とする回避動機を高め、校正や暗記など細部に注意を払う課題の成績を上げます。一方、青色は「新しい可能性を探ろう」とする接近動機を引き出し、創造的な課題の成績を高めます。
「赤い文字を見ただけで成績が下がる」は、実は再現が難しい
ただし、この分野には注意すべき”落とし穴”もあります。
2009年に発表された関連研究では、テストの表紙に赤い文字が印刷されているのを見るだけで(実際に問題を解く前の段階で)知的能力の発揮が妨げられる、という「赤という言葉を処理するだけで成績が下がる」効果が報告され、大きな注目を集めました。
しかし2016年に発表された追試研究では、直接的な再現実験2件・概念的な再現実験2件、合計4つの実験を通じて、この効果はほとんど確認できませんでした。
効果量(統計的な影響の大きさを示す指標)は、元の研究がd=0.57〜0.99という大きな値だったのに対し、追試ではd=−0.23〜0.19という、ほぼゼロに近い値にとどまっています。
赤色そのものが達成場面のパフォーマンスに影響しうるという大枠の理論(前段でご紹介したエリオット氏らの研究)自体は今も研究が続けられていますが、「言葉を目にしただけで即座に成績が下がる」という、より狭い主張については、再現性に疑問符がついている、というのが現時点で誠実な整理です。
▽ 分かりやすく要約 ▽
Gnambs, T., Appel, M., & Oeberst, A. (2016). “Processing the Word Red and Intellectual Performance: Four Replication Attempts,” Collabra: Psychology. 過去に「赤い文字を見るだけで成績が下がる」とされた現象を4つの実験で追試した結果、効果量はほぼゼロ(d=−0.23〜0.19)にとどまり、元の主張の再現性に疑問符がつきました。
「赤は恋愛感情を高める」説は、追試でほぼ再現されなかった
色彩心理学の中でも、とりわけ広く知られているのが「赤色は異性からの魅力を高める」という、いわゆる”ロマンティック・レッド”説です。
2008年にエリオット氏とニースタ氏が発表した研究は、赤い服を着た女性の写真は、他の色の服を着た同じ女性の写真より、男性から魅力的だと評価されやすい、という結果を報告し、大きな話題になりました。
ところが、その後の検証の歴史は、この説にとって厳しいものでした。
統計学者グレッグ・フランシス氏は2013年、元の一連の研究が「すべての実験で統計的に有意な結果が出ている」こと自体が、実際の効果の大きさに対して統計的に不自然(低い検出力の割に出来すぎている)だと指摘しました。
その後、2017年にはレーマン氏とカリン=ジェイジマン氏が、元の実験と同じ手法・事前登録された計画で追試を2件実施しましたが、「魅力度や好意的な行動意図への、赤色の効果はほとんど、あるいは全く見られなかった」と結論づけています。
ほかにも、Hesslingerら(2015)、Peperkoornら(2016)、Lynnら(2013)など、複数の独立した研究チームによる追試が、軒並み同様の否定的な結果を報告しています。
一つの実験結果が話題になり、検証を重ねるうちに当初考えられていたほど強い効果ではなかったと判明していく——
これは色彩心理学に限らず、心理学研究全般で近年起きている「再現性の危機」と呼ばれる現象の典型例でもあります。
「赤=モテ色」という単純な図式は、少なくとも現時点の科学的知見としては、鵜呑みにしないほうがよさそうです。
▽ 分かりやすく要約 ▽
Elliot, A.J., & Niesta, D. (2008). Romantic Red: Red Enhances Men’s Attraction to Women. Journal of Personality and Social Psychology, 95(5), 1150-1164/ Francis, G. (2013). Publication Bias in “Red, Rank, and Romance in Women Viewing Men,” by Elliot et al. (2010). Journal of Experimental Psychology: General, 142(1), 292-296/ Lehmann, G.K., & Calin-Jageman, R.J. (2017). Is Red Really Romantic? Two Pre-Registered Replications of the Red-Romance Hypothesis. Social Psychology, 48(3), 171-184
なぜ人は特定の色を好むのか?「生態学的妥当性理論」
「なぜ多くの人が青色を好み、茶色や黄土色を好まない傾向があるのか」——この問いに答えようとするのが、心理学者スティーブン・パーマーとカレン・シュロスが2010年に学術誌『PNAS』で提唱した「生態学的妥当性理論(ecological valence theory)」です。
この理論の骨子は、「人はある色を、その色から連想する”物事”に対する好き嫌いの平均値として好む」というものです。
たとえば青や水色は、澄んだ空や清潔な水を連想させやすいために好まれやすく、茶色やオリーブ色は、腐った食べ物や排泄物を連想させやすいために好まれにくい、と説明されます。
この研究で興味深いのは、色の好みが生まれつきの絶対的なものではなく、学習された連想によって形づくられる部分が大きいことを示す実験結果です。
研究チームは、カリフォルニア大学バークレー校とスタンフォード大学、それぞれの学生の色の好みを調べたところ、バークレー校の学生は同校のスクールカラーである青と金色を、スタンフォード大学の学生は同校のスクールカラーである赤と白を、それぞれより好む傾向があり、しかもその傾向は「母校への愛着(スクールスピリット)」の強さと相関していました。
学生たちが色の好みで大学を選んだとは考えにくいことから、研究チームは、大切にしている物事(この場合は母校)との結びつきが、色の好み自体を後天的に作り出しうることの証拠だと結論づけています。
▽ 分かりやすく要約 ▽
Palmer, S.E., & Schloss, K.B. (2010). An Ecological Valence Theory of Human Color Preference. Proceedings of the National Academy of Sciences, 107(19), 8877-8882
色の意味は、世界共通ではない
色の好みが後天的な連想によって作られる部分が大きいとすれば、当然、色が象徴する意味も、文化によって異なってくることが予想されます。
代表的な例が「白」です。欧米の多くの文化圏では純粋さや清潔さの象徴として結婚式のドレスに使われる一方、日本を含む東アジアの一部の文化圏では、伝統的に弔事(葬儀)を連想させる色としての意味合いも根強く残っています。
同様に、赤は多くの文化で情熱や危険のサインとして扱われる一方、中国など一部の文化圏では慶事や繁栄を象徴する色として、より積極的な意味づけがなされています。
「この色にはこの意味がある」と断定的に語る色見本のような整理は、わかりやすい反面、こうした文化差を見落としがちです。
色彩心理学の知見を実生活やビジネスに活かす際には、対象とする文化圏や、個人の経験によって、色の意味づけが変わりうることを念頭に置いておく必要があるでしょう。

まとめ
色彩心理学は、色と人の心理の関係を探る興味深い研究分野ですが、その知見の”確からしさ”には、テーマによって大きな差があります。
赤色が達成場面の集中力・回避行動に関わるという大枠の理論や、赤と青が異なる種類の認知課題に異なる影響を与えるという知見には、査読論文による裏付けがある一方、「赤は恋愛感情を高める」といった、話題性は高いものの再現性に乏しい説も存在します。
色の好みや意味づけそのものも、生まれつき決まっているというより、個人の経験や文化によって形づくられる部分が大きいことがわかってきています。
「色にまつわる話」に触れるときは、それが査読を経た研究にもとづくものなのか、経験則やイメージにもとづくものなのかを、少し意識してみると、情報との向き合い方が変わってくるかもしれません。

よくある質問(FAQ)
- 「赤はやる気を高める色」というのは本当ですか?
-
単純な言い切りはできません。赤色が達成場面で回避動機(失敗を避けようとする心理)を高め、細部に注意を払う課題の成績を上げる、という研究結果はありますが、これは「やる気が出る」というポジティブな効果というより、”ミスを避けようとする慎重さ”に近い心理状態です。課題の種類によっては、赤よりも青の方が成績が上がるという結果も報告されています。
- 「色彩心理学」は民間資格を取らないと学べませんか?
-
いいえ。色彩心理学は心理学の一研究分野であり、学術論文や書籍を通じて学ぶことができます。民間の資格講座にも学習のきっかけとして意義がありますが、資格の有無と、そこで扱われる知見の科学的な裏付けの強さは、別の問題として捉えるとよいでしょう。
- なぜ「赤は恋愛感情を高める」という説は、これほど広まったのですか?
-
直感的にわかりやすく、話題性が高い内容だったことが大きいと考えられます。元となった研究が発表された当初は複数の実験で有意な結果が報告されましたが、統計学者からその結果の”出来すぎ”を指摘する声が上がり、その後の独立した追試の多くで効果が確認できなかった、という経緯があります。話題になった研究が、その後の検証でどう評価されたかまで追うことの大切さを示す一例です。
- 情報の正確性について:
本記事の内容は、執筆時点で確認できた査読論文・学術誌の情報に基づき作成しています。心理学研究は継続的に検証が進められており、将来的に新たな知見によって内容が更新される可能性があります。 - 見解の性質について:
本本記事では、査読論文による裏付けが比較的確立している内容と、話題性が高い一方で再現性に疑問が呈されている内容とを、可能な限り区別して記載しています。心理学研究の再現性については、学術界でも活発な議論が続いています。 - 専門的な助言の代替ではありません:
本記事は一般的な雑学・教養情報の提供を目的としたものであり、色彩を用いたデザイン・マーケティング等の専門的な助言に代わるものではありません。 - 損害への責任:
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