ニューラルネットワークは脳を模倣しているのか?│よくある誤解を解く

脳細胞とニューラルネットワークの相関関係を表現したイメージ画像。
💡この記事のポイント
  • AIの中の”人工ニューロン”1個がやっている計算は、驚くほどシンプルなもの
  • 一方、脳の神経細胞1個は、それ自体がAIの多層ネットワークに匹敵するほど複雑だという研究結果がある
  • 「模倣」という言葉の強さを見直すと、AIと脳、両方の面白さが見えてくる

「ニューラルネットワーク」「人工ニューロン」——

AIの仕組みを説明するとき、こうした脳科学由来の言葉がよく使われます。

この名前から、「AIは脳の神経細胞(ニューロン)の働きをコンピューター上に再現したものだ」というイメージを持っている方も多いのではないでしょうか。

しかし、AIの中の1つの”人工ニューロン”がやっていることと、脳の中の1つの神経細胞が実際にやっていることを並べてみると、その複雑さには驚くほどの差があります。

この記事では、「AIのニューロン」と「脳のニューロン」を1つずつ取り出して比較しながら、「ニューラルネットワーク=脳の模倣」という理解のどこが正しく、どこが誤解なのかを整理します。


目次

「ニューラルネットワーク」という名前は、どこから来たのか

AIの歴史をさかのぼると、「ニューラルネットワーク」という考え方の出発点は、1943年に神経科学者と論理学者のコンビが発表した、脳の神経細胞をごく単純化した数理モデルにあります。

「複数の入力を足し合わせて、ある基準を超えたら発火する(信号を出す)」という、神経細胞の働きを極限まで簡略化したルールを、計算式として表現したのが始まりです。

この考え方をもとに、1958年に心理学者フランク・ローゼンブラット氏が発表したのが「パーセプトロン」という学習モデルです。

複数の入力それぞれに”重み”(重要度を表す数値)を掛けて合計し、その合計値がある基準を超えたかどうかで、次に信号を送るかどうかを決める——実は、現在の巨大なAIの内部で動いている”人工ニューロン”1個の計算も、基本的な仕組みはこのパーセプトロンとほとんど変わっていません。

掛け算と足し算、そして最後に「発火するかどうか」を決める関数を1つ通すだけの、ごくシンプルな計算です。

つまり、「ニューラルネットワーク」という名前そのものが、最初から「脳を忠実に再現する」ためではなく、「神経細胞の働きを思い切って単純化し、計算可能な形に落とし込む」という発想から生まれた名前だった、ということです。

▽ 分かりやすく要約 ▽

「ニューラルネットワーク」の起源
※アニメーションはイメージです
📚 SCIENCE FACT:ニューラルネットワークの起源
McCulloch & Pitts (1943) の神経細胞の論理モデルや、Rosenblatt (1958) の「パーセプトロン」に端を発する。ニューラルネットワークは脳を忠実に再現したものではなく、神経細胞の「足し合わせて基準を超えたら発火する」という働きを極限まで単純化し、計算可能な形に落とし込んだ数理モデルです。
出典:McCulloch, W.S., & Pitts, W. (1943). A Logical Calculus of the Ideas Immanent in Nervous Activity. Bulletin of Mathematical Biophysics, 5(4), 115–133. / Rosenblatt, F. (1958). The Perceptron: A Probabilistic Model for Information Storage and Organization in the Brain. Psychological Review, 65(6), 386–408.

一方、本物の脳の神経細胞1個は、AIの多層ネットワークに匹敵するほど複雑だった

では、比較対象となる本物の脳の神経細胞は、実際にはどれくらい複雑なのでしょうか。

脳の中で情報処理の主役を担う「錐体細胞」という種類の神経細胞は、細胞体から木の枝のように伸びる「樹状突起」という構造を持ち、そこに数千個ともいわれる他の神経細胞からの入力を受け取っています。

ここまでなら、「入力がたくさんある」というだけで、AIの人工ニューロンとの違いは規模の問題に見えるかもしれません。

しかし2021年、神経科学者のダヴィド・ベニアゲフ氏、イダン・セゲヴ氏、マイケル・ロンドン氏らが学術誌「Neuron」に発表した研究は、この違いが規模だけの話ではないことを示しました。

研究チームは、1個の本物の大脳皮質の神経細胞が、入力を受け取ってから信号を出すまでの挙動(ミリ秒単位の入出力の関係)を、人工ニューラルネットワークにどこまで正確に再現させられるかを検証しました。

その結果、1個の神経細胞の挙動を精密に再現するには、単純な1層のネットワークではまったく足りず、5層から8層ほどの「深い」人工ニューラルネットワークが必要だったのです。

原因は、樹状突起の中でNMDA受容体という仕組みが引き起こす、複雑な非線形の電気的反応でした(この非線形反応を計算上取り除くと、1層のシンプルなネットワークでも十分再現できることも、あわせて確認されています)。

言い換えると、AIの”人工ニューロン”1個が「掛け算・足し算・発火判定」だけの1ステップの計算だとすれば、脳の神経細胞1個は、それ自体の中に、AIでいう5〜8層分の計算にも匹敵する情報処理が詰め込まれている、ということになります。

AIの世界で「ニューラルネットワーク」と呼ぶ、何層にも積み重なった人工ニューロンの集合体に対して、脳の側では、たった1個の神経細胞が近いレベルの複雑さを持っている——

これが、AIのニューロンと脳のニューロンの間にある、規模ではなく質の違いです。

▽ 分かりやすく要約 ▽

本物の神経細胞はどれくらい複雑か?
※アニメーションはイメージです
📚 SCIENCE FACT:大脳皮質の神経細胞の複雑さ
Beniaguev, D., et al. (2021). “Single Cortical Neurons as Deep Artificial Neural Networks,” Neuron. 1個の本物の神経細胞の入出力をAIで正確に再現するには、樹状突起による非線形の電気的反応があるため、5〜8層の深さを持つ人工ニューラルネットワークが必要であることが示されました。

では、なぜ「AI=脳の模倣」という誤解が広まるのか

ここまで見てきたように、AIの人工ニューロンと脳の神経細胞は、名前こそ同じでも、中身の複雑さはまったく異なります。

それでも「ニューラルネットワーク=脳を模倣したもの」というイメージが根強いのには、いくつか理由があると考えられます。

一つは、単純に「ニューラルネットワーク」「ニューロン」という名前自体が持つ説得力です。

専門用語としては便利な一方、名前を聞いただけで「脳の仕組みをコンピューター上に再現している」と連想してしまうのは、自然な反応とも言えます。

もう一つは、この記事の前段でも触れたとおり、CNN(画像認識AI)のように、実際に脳科学の発見から直接ヒントを得て設計されたAIの仕組みも存在することです。

こうした”本物の対応関係”を持つ例があることで、「AIの仕組みは全般的に脳を模倣している」という理解が、実態以上に広がりやすくなっている面があります。

ただし、これは「AIが脳の劣化コピーだから価値が低い」という話ではありません。

飛行機は鳥の羽ばたきを再現していませんが、鳥とは違う原理で空を飛ぶことに成功しています。AIも同じで、脳の仕組みを忠実に再現していないからといって、AIとしての性能や有用性が損なわれるわけではありません。

むしろ、「脳とは違う原理で、脳に匹敵する(あるいは特定の作業では上回る)知的な振る舞いを実現できている」こと自体が、AI研究の面白さの一つだとも言えるでしょう。

▽ 分かりやすく要約 ▽

なぜ「AI=脳の模倣」という誤解が広まるのか
※アニメーションはイメージです
💡 METAPHOR:飛行機と鳥のアプローチ
AIは脳を忠実に模倣しているわけではありません。飛行機が「鳥の羽ばたき」を再現しなくても独自の原理(エンジンや翼の構造)で空を飛ぶことに成功したように、AIも脳とは異なる独自の原理で「知能」を実現しています。

まとめ

AIの「ニューラルネットワーク」という名前は、脳の神経細胞の働きを思い切って単純化した数理モデルに由来するものであり、最初から脳の忠実な再現を目指したものではありませんでした。

そして2021年の研究が示すように、本物の脳の神経細胞1個は、AIの人工ニューロン1個よりもはるかに複雑で、5〜8層分の人工ニューラルネットワークに匹敵するほどの情報処理を、たった1個の細胞の中でこなしています。

「AIは脳を模倣している」という理解は、CNNのように部分的には正しい一方、ニューロンという最小単位で見ると、両者の間にはまだ大きな隔たりがあるのです。

この隔たりは、悲観する材料ではありません。

私たちの脳が、いまだAIに再現しきれないほどの複雑さと効率を、日々当たり前のように使いこなしているのだと捉えれば、それは人間の脳そのものへの驚きにもつながります。

AIの研究が進むほど、私たちは自分自身の脳の奥深さを、あらためて知ることになるのかもしれません。

互いに信号を送り合うニューロンと呼ばれる相互接続された単位の集まりとニューロンは生物学的な細胞数理モデルのイメージ図。
画像はイメージです
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よくある質問(FAQ)

人工ニューラルネットワークの「ニューロン」という名前は、脳の神経細胞から来ているのですか?

はい。1943年に発表された、脳の神経細胞の働きを単純化した数理モデルが起源です。ただし、あくまで「発想の出発点」であり、その後のAIの発展は、脳の構造を忠実になぞることよりも、計算上の効率や性能を優先する方向で進んできました。

将来、AIの人工ニューロン1個が、脳の神経細胞1個と同じくらい複雑になる日は来ますか?

技術的には、より複雑な人工ニューロンのモデルを作ること自体は可能です。ただし、現在主流のAIの多くは、あえてシンプルな人工ニューロンを大量に組み合わせる設計を選んでおり、複雑さを追求する方向とは異なる進化の道を歩んでいます。今後どちらの方向がより発展するかは、現時点では未確定です。

この記事の内容は、AIが脳より「劣っている」ということを意味しますか?

いいえ。AIと脳は、異なる原理で動く別々の仕組みであり、優劣を単純に比較できるものではありません。本記事で紹介した違いは、あくまで「ニューロンという最小単位で見たときの、仕組みの複雑さの違い」であり、AIとしての性能や実用性を否定するものではありません。



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Memory Coffee 編集部
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